2人の小学生の子供と理系な夫と暮らしているHIROKOです。

 

お産は鼻からスイカを出すような感じ。

 

そう例えられることが多いですが、出産を経験されていない人には、

とにかく大変そうなのは伝わると言ったところでしょうか?

 

 

鼻からスイカ?

 

想像しにくいわっ!

おまけに何も伝わらん!

 

と、出産経験者は言います。わたしも同感です。(笑)

 

 

これから出産を控えているあなた、自分で経験して感じて下さい。

 

確かにお産は大変です。

 

私は一人目が難産だったので、その時の恐怖から二人目は最終的に無痛分娩を選んだくらいですから。

 

トラウマ級の出産体験だったけれど、やっぱり2人目を希望したことに迷いはありませんでした。

 

 

私としては兄弟がいた方がいいと考えていましたし、

子どもがいる喜びは何にも代えがたいと思ったからです。

 

 

私の出産体験を読んで恐怖感が増すかもしれませんが、これは少数派です。

 

 

こんなお産もあるんだな~くらいに読んで頂けると幸いです。

 

予定日超過に焦る!

 

出産予定日がどんどん過ぎても、私にはお産の兆候は表れませんでした。

 

本やネットで「前句陣痛」「おしるし」というワードを読み漁り、

いつかいつかと待ちわびる日々。

 

検診では、お腹の赤ちゃんはもう3200gを越えていました。

 

今までむくみ知らずだった私の脚も、押せば指が沈みこむほどむくみ始めていました。

 

 

立っているだけで両脚は痺れ、股関節は悲鳴を上げていました。

 

このままお産が始まらない場合は、予定日から10日後に

陣痛促進剤を使って誘発分娩をすると先生から言われていました。

 

 

私の友達が、促進剤と自然陣痛で2人を出産したのですが

、比べものにならないほど促進剤での陣痛は痛かったと言っていました。

 

 

ああ、神様。促進剤のお世話にだけはなりたくないです。

 

もう悪い事はしませんから、どうか助けて下さい。

無神論者の私は都合よく神様に祈りました。

 

 

都合の良い時だけお祈りするような奴は知らん!

 

と神様が言ったかどうかはわかりませんが、

私は予定日を10日過ぎた日に、朝から病院へ入院することになりました。

 

誘発分娩

 

立ち合い出産が希望だった私たち夫婦は、

主人も会社を休み私に付き添ってくれました。

 

その病院では、立ち合い希望の場合、旦那さんは講習を受けなくてはいけません。

 

主人は少し前に講習も受けて、気合を入れていました。

 

 

 

まだ病院が開いていない朝8時、私たちは言われた通り病院へと行きました。

 

新しい個人病院の、ホテル並みの部屋へ案内され、

浮かれ気味の私に助産師さんが言いました。

 

「じゃ、9時から始めるからね。この服に着替えといてね。」

 

え!あと40分後ですか?

心の準備ができていません。

神様ったら意地悪だね。

 

 

そんなことを思いながら、

私は主人と談笑(心の平穏を取り戻すために)して9時を待ちました。

 

8時55分、助産師さんが迎えにきました。

戦場に向かう兵士のように、私は馬に…いえ、エレベーターに乗り込みました。

 

 

「き、緊張します。痛いんですよね?」

 

「うん。痛いよ。でもあの痛みがなきゃ赤ちゃん生まれてこれないからね。

みんな乗り越えるんだから大丈夫よ!頑張ろ!」

 

 

ベテラン風な助産師さんは笑いながら言いました。

 

陣痛促進剤

 

まずは3台のベッドがカーテンで仕切られた陣痛室へ行きました。

血圧を測った後、促進剤の点滴開始。

 

なんとなく生理痛のような鈍い痛みがやってきました。

 

ほうほう。これが陣痛か。

まさかこんなんで済むとは思っていないけどね。

 

私は主人と談笑(心の平穏を維持するために)しながら、その痛みを感じていました。

 

 

30分もすると、思わず声が漏れてしまうほどの痛みになってきました。

 

 

「痛い?」

 

「う、うん。痛い。けっこう短い間隔できてるよね。10分くらいかな?」

 

痛みの波が訪れると、私はフーフーと息を吐きだしそれをこらえました。

そこへベテラン助産師さんがやってきました。

 

 

「浣腸するね!その方がお産が進むの。

旦那さんちょっとカーテンの向こうに出てもらえます?」

 

 

こ、このタイミングで⁉神様はさらに試練をお与えになるのか…。

 

 

三重苦

 

浣腸を終え、しばらくすると便意を感じ始めました。

 

小さい頃から便秘だった私は、この感じをよく知っています。

 

母にいちじく浣腸をされて、「まだ我慢!」

そう言われて震えていた幼い記憶が蘇りました。

 

もう本当にこれ嫌い!

 

 

私は限界までこらえ、トイレに行きました。

トイレに入った途端、陣痛がやってきました。

 

 

便意と陣痛で、私は気持ち悪くなり吐いてしまいました。何この三重苦!

 

 

その後も数回吐いて、落ち着きを取り戻した頃、陣痛は5分間隔になっていました。

 

ベッドに横になり、ベテラン助産師さんに分娩監視装置のベルトをお腹に巻かれました。

 

「痛い…痛いです。」

 

モニターの針が描き出すグラフを見つめ、助産師さんは笑顔で言いました。

 

「うん。この波じゃまだまだだわ。」

 

 

今なんと?

さてはあんた羊の皮を被った狼か!

 

私は信頼していた助産師さんに心の中で悪態をつきながら、瞑想することにしました。

 

 

瞑想なんて生まれてこのかた一度もしたことはありませんが、

とにかく心を無にするしかないと私の脳が判断したのです。

 

痛みに強いと自負していたのに…

 

「フー、フー、痛い、痛い、いたーい!」私は叫びました。

 

瞑想にも経験値が必要だったようです。

 

 

「あー、あー、いたたた…あーっ!痛いよ痛いよっ!ああー!」

 

 

自分の名誉のために言っておきますが、決して私は痛みに弱い訳ではありません。

むしろ我慢強い方です。

 

小さな頃、中耳炎で耳の中に注射をした時も泣かないで我慢し、

先生にえらく褒められました。

 

強烈な腹痛に耐え保育園で一日を過ごし、園が終わった後に病院へ行くと盲腸でした。

 

いくつものピアスの穴は安全ピンで自分で開けましたし、足の親指にヒビが入った時は

半年間病院に行かずに痛みに耐え続け自力で治しました。

 

 

まだまだありますが今日はこのくらいにしときます。(得意げ)

 

 

そんな私でしたが、陣痛の痛みには叫んでしまうのでした。

 

私の乏しい表現力ではどう表したらよいか思い浮かびませんが、

とりあえず腰から下をねじってちぎられるような痛みとでもしておきます。

 

不発に終わる

 

促進剤を開始して数時間後、子宮口はまだ2㎝しか開きません。

 

お昼ごはんにおにぎりを出て、少しでもいいから食べなさいと言われたので

私は寝っ転がっておにぎりをかじりました。

 

おにぎりがこんなにも憎く感じたことはありませんでした。

おにぎりも、とんだとばっちりですね。

 

結局、夕方の5時を迎えてその日は終了。

子宮口の開きは3㎝。柔軟な私に反して、子宮口は頑固でした。

 

 

明日も朝9時から開始し、様子によっては帝王切開に切り替えるとのことです。

 

様子なんてみなくてもいいから最初から手帝王切開でお願いします、

という私の切なる願いは却下されました。

 

 

勇気を出して言った意見をにべもなく否定され、

私が小学生だったら不登校になっていたはずです。

 

 

明日もあの恐怖に耐えなくてはいけないのか…。

 

鬱々とした気分でベッドに入り、きっと今夜は眠れないだろう。

と思ったのも杞憂におわり、疲れのためか爆睡です。

 

 

翌朝、また促進剤が開始されました。

主人も会社を休んで付き添いです。

 

2日目

 

「あー、あー、痛いーっ!」

 

相変わらず私は叫びます。

 

本当にこんなに痛いものなのか?

促進剤多めにしちゃってないか?

 

私は疑心暗鬼になっていました。それほど追い詰められていたのです。

 

子宮口の確認に来た先生が

 

「ちょっと魔法をかけるね。」

 

とファンタジーなことを言いました。

 

ま、魔法?痛くなくなる魔法ですか?

先生は60歳ほどのおじちゃんです。

 

よく見れば、なんとなくハリーポッターに出てきても

違和感がないような気さえしてきます。

 

良く効く魔法をお願いしますっ!

 

先生は私の大事なお股に指を突っ込んだかと思うと(下品ですみません)

グリグリっと何かをしました。

 

「ギャーーーッ‼」

 

あまりの痛みに私はベッドヘッドまで後ずさりました。

痛さのあまりに涙が出てきました。

 

カーテンの向こうでオロオロする主人の顔が目に浮かびます。

 

 

シーツはみるみるうちに赤く染まっていきます。

 

「痛かった?子宮口を開いたからね。5㎝は開いたね。」

 

先生はそう言うと、カーテンの向こうへと消えていきました。

 

助産師さんが苦笑しながらお股にタオルを当ててくれます。

 

あの魔法使いめ。

実は敵のラスボスか?

 

いきみたいけど我慢我慢!

 

促進剤から4時間。

子宮口が9㎝まで開きました。

 

もうここまでくると、いきみたくて仕方ありません。

 

だって、大きなウ〇チがすぐそこまできてるようなもんですから。

 

 

「あとちょっとなんだけどね。一部がひっかかってるみたいに開ききらないのよ。

いきみ我慢して!ヒッ、ヒッ、フー。ヒッ、ヒッ、フー。ほら頑張って!」

 

 

常にピークだと思っていた陣痛は、本当のピークに達していました。

あまりの痛さに体中がガクガクと震えて止まりません。

 

 

そこへラスボス…先生がやってきて子宮口を確認。

 

「ここまで開いていて我慢するのは可哀想だな。よし、分娩室へ行こう。」

 

 

もはや私の頭は、先生がラスボスなのか、ラスボスとみせかけて実は味方なのか、

冷静に判断ができる状態ではありませんでした。

 

分娩台はエベレストのように高く…

 

「さ、歩いて隣の分娩室へ行くわよ。」

 

チクショー、簡単にはラストステージへは行かせないってか…。

 

私の陣痛はすでに1分間隔。這って分娩台へと進みましたが、

もはやエベレスト登山に挑むのと同じです。

 

 

主人の後日談ですが、手術着の裾は血だらけ。

 

そんな私が這って進む姿はドラマで殺人者から必死に逃げる被害者のようだったそう。

 

 

その頃主人は、青い帽子と青い服みたいなのを着せられていたようです。

 

先生が登場しました。

 

「さ、いきんでいいよ。次の陣痛がきたら、思いっきりいきみなさい。」

 

いよいよ出産!

 

きたきたきた!

痛みでガタガタ震える脚を見つめ、私は思いっきりいきみました。

 

「むむむむー!」

 

助産師さんも私のお腹を押します。

次の陣痛に合わせてもう一度いきみました。

 

「ぐぬぬぬーっ!」

 

「あの、主人がまだ来てないんですけど…。」

 

すると先生が答えました。

 

「これ、難産になるから。こんなとこ見せられないよ。」

 

 

まさかの展開です。

 

若先生登場

 

そこへ、なんと初めて見る先生が登場。

後日聞いたところによると、若先生と呼ばれる息子さんでした。

 

 

若先生は何を思ったのか、私のお腹に馬乗りになりました。

 

「うううう―っ!」

 

私はいきみ、若先生はお腹の上から押します。

その時助産師さんの切迫した声が。

 

「先生、心拍が!」

 

死闘

 

どうやら赤ちゃんの心拍が下がり始めたようです。

 

そして私は過呼吸のために体が痺れ始め、頭が朦朧としてきました。

 

助産師さんが私の頬をベシベシ叩き叫びます。

 

「お母さんも大変だけど、赤ちゃんも今すごく大変なんだよ!

ほら、もう少しで会えるから、頑張って!」

 

 

そして袋を私の頭に被せました。(過呼吸の時は袋を被るのが鉄則)

 

これ、客観的にみたらすごい図ですね。

 

先生が言いました。

 

「バキュームの用意して!」

 

 

私のいきみと若先生の押し出し。

先生のバキューム。

助産師さんの掛け声。

 

 

チーム一丸となった瞬間でした。

ズルンッ!大きな塊が飛び出しました。

 

 

「出たっ!」

 

誕生

 

息子は管で鼻や口から羊水を吸われているようでした。次の瞬間

 

「おぎゃ~!」

 

その声を聞いた途端、私の目から熱いものが。

 

しかし私の予想に反して、息子は助産師さんの腕に抱かれて

バタバタと分娩室から出て行ってしまいました。

 

 

「おかあさん、おめでとう。大きな赤ちゃんだったよ。

心拍が一時的に下がったから処置の方が先になるよ。ここでしばらく休んでいてね。」

 

 

後産(胎盤を出す)やら縫合(これが結構時間がかかった)を終えて、

分娩台の上を綺麗にしてもらい毛布を掛けられました。

 

そこへ主人が登場。

 

役に立つことの無かった青い帽子と服が、惨めさを醸し出していました。

 

 

「お疲れ様。大変だったね。」

 

私はこくんと頷きました。

 

エベレスト下山

 

1時間ほどそこにいたでしょうか。

ベテラン助産師さんが迎えに来ました。

 

 

「さ、病室まで戻るよ。もちろん歩きでね。」

 

 

どこまで苦しめれば気が済むのでしょうか!

 

 

私は分娩台を下りましたが、どうもお股からお尻にかけてジンジンと痛みがあります。

ああ、切れたんだな…。

 

 

病室はエレベーターを使って2階にあり、普通に歩けば2分もかからないほどの距離です。

 

 

ところが一歩踏み出した途端、ジンジンはグヮングヮンに変わりました。

痛さのあまり脂汗が噴出し、顎を滴り始めました。

 

エベレストの下山は思った以上に大変でした。

 

一歩、そしてまた一歩。

 

汗をポタポタと垂らしながら必死で歩く私の姿を見て、

息子が誕生した時でさえ泣かなかった主人が泣き始めました。

 

 

助産師さんが、体重3424gで身長が52㎝。

髪の毛がフッサフサだと息子の情報を教えてくれるのですが、今はそれどころじゃありません。

 

壁をつたいながらなんとか進みます。

 

助産師さんと主人に見守られ、2分の距離を15分かけて病室に戻りました。

 

鎮痛剤が効かずに…

 

ベッドに横になり、助産師さんに言いました。

 

「傷口が、もう我慢できないくらいに痛いです。薬下さい。」

 

 

助産師さんは肩に痛み止めの注射をしてくれました。

ところがなかなか効きません。

 

せ、せめてあと20分くらい待ってみよう。

そしたら効いてくるかも…。

 

私は再び痛みの震えに襲われながら、布団を握りしめ耐えました。

 

 

気が付くと痛みは消え、私はどうやら眠っていたようです。

 

主人がホッとした顔で笑いました。

 

主人が教えてくれたところによると、私は痛みのあまり気を失い、

慌てた主人がナースコールをし、

駆け付けた助産師さんが今度は痛み止めの座薬を入れてくれたそうです。

 

 

だったら初めから座薬入れんかい!と思いましたが、

私は分別ある大人なので言っていいことと悪いことの区別はつきます。

 

画面で息子と初対面

 

夜、主人がビデオカメラで息子を撮ってきてくれました。

 

明日から母子同室とのことでした。

画面で初めて見る息子は…ガッツ石松に似ていました。

 

それでも可愛くて仕方がありませんでした。

 

5日後、私と息子は無事退院をしました。

 

その時点でもお股の痛みは相変わらずで、

痛み止めの座薬にはその後1カ月間もお世話になりました。

 

ほとぼりが冷めたころに自分で触って分かったことは、

時計で言う5の数字の方向へ、ザックリと大きく裂けているということ。

 

傷口は3㎝ほどありました。そりゃ痛いはずです。

 

この笑顔のために…

 

難産の末に生まれた息子。

 

いかに大変な思いで産んだかを聞かせたら、息子は一言

 

「辛い思いさせてごめんなさい。」

 

ですって。

 

 

ああ、本当に産んで良かったな。そんな息子も今じゃ6年生。

 

あの時、どんな気持ちでこの世に誕生したんだろう。

私を選んで生まれてきてくれたのかな?

 

聞きたいことはいっぱいありますが、本人もそれはわからないでしょうね。

 

でもこれだけは言えます。

 

 

どんなことがあっても、あなたは私が全力で守ります!

 

 

誰もが持っているお産エピソード。

あなたのお産が良いものでありますように。

 

 

 

娘の無痛分娩体験談はまた後ほど…。

本当に痛くないの!?私の無痛分娩体験記!

 

 

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HIROKO

2人の小学生の子供と理系な夫と暮らしているHIROKOです。2人の子供のしつけや病気のこと・飼っていた猫の話・義両親やママ友との人間関係の悩み・過去の壮絶(?)な恋愛の話・・・などなどを書かせてもらっています! HIROKO自己紹介はこちら 私の記事一覧はこちら
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